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全日本ディベート連盟(CoDA)の理事が、交代でそれぞれのディベートに対する考え方やイベント参加者の皆さまへのメッセージを投稿していきます。プレスリリースとあわせて是非チェックを!

PRESS #8 全日本大会 「競技者以外の目から見たディベート」

 皆さんこんにちは。いよいよ年度も終わりを迎え、春の陽気が近づいてきましたね!

 今回は、「第17回全日本大学ディベート選手権大会 『競技者以外の目から見たディベート』」と題して、ディベート未経験でありながら全日本大会の観戦にいらした青山さんに、ディベート「観戦」の魅力について寄稿をいただきました!

 野球から将棋に至るまで、対戦型のゲームにおいて「観戦」は多くの人を惹きつけるコンテンツとなっています。ディベートにも観戦文化が根付く可能性はあるのか、観戦でどんな効用が得られるのか……をご一緒に考えていければと思います。

 

 

 こんにちは。私は青山知樹と申すものです。縁あって、2017年12月に開催された第17回全日本ディベート選手権大会を観戦、寄稿させていただくこととなりました。拙文では「競技者以外の目から見たディベート」ということで、1、ディベート観戦それ自体の面白さ、2、観戦後のディベート観戦の効用、3、ディベート観戦への先入観・ハードルの3点について、所感を述べさせてもらいます。

 またはじめに、拙文はディベートの様々な形態のうち「アカデミックディベート」の試合を観戦して書かれたもので、文中で言うディベートはすべて「アカデミックディベート」のことを指していることをお断りしておきます。

 

 

1、試合の面白さ

 

 ディベートの試合の面白さは以下の点に感じました。

1)現実に「問題」とされている事柄(私が観戦させていただいた試合の論題は「日本政府は難民の受け入れ基準を緩和すべきである」)が論題であること。

2)肯定/否定、どちらのサイドが勝つかわからないこと。

3)引用される研究・事実。

この3点です。

 

 1)の点について。やはり、抽象的かつ難解で、「そんなこと考えなくたって困ることはないよ」というような論題よりも、近いうちに自ら意思決定を下さなければならないかもしれない論題の方が観戦するうえで楽しみやすいと感じます。やはりある程度の「わかりやすさ」と、「現実味」というものは大切です。

 2)について。現実の国家における政策決定の場面では、政策についての肯定/否定それぞれの論理の他に、政党間のパワーバランスや諸団体との関係など様々な要素によって政策が決定されるかと思います。そうした場合、政策の成否について、ある程度の見通しがついてしまいます。ディベートの場合は(競技なので当然ですが)そうではありません。試合中に語られる論理だけが勝敗を決める要素になります。論題そのものや論理は甚だしく現実的でありながら、議論のあり方としては良い意味で現実離れして理想的である、という点が非常に面白く感じられました。

 3)については、論題に関する堅実な学術研究から、聞いてびっくりするようなとんでもない事実まで、実に様々な引用がなされます。列挙される引用を聞いているだけで非常に勉強になりますし、面白さを感じます。私が最も面白いと感じた引用を挙げると、「日本政府は、母国で強制労働をさせられている、という理由の難民申請を『食事の機会をたまに与えられているため、生命の危機に瀕しているとはいえない』と拒否した」というものです。このようなにわかには信じがたいような知見を、豊富に得られることもディベート観戦の楽しいポイントの1つと感じます。

 

 

2、観戦後のディベートの効用について

 

1)選手をやる場合と同じ効用が見込める。

2)ニュースに対する「引っ掛かり」が増える。

 

 1)の点について、観戦をするだけでも、このCoDAのサイトで紹介されているようなディベートの効用を実感します。もちろん、実際に選手としてディベートを行う場合と比べると少ない程度にはなると思いますが、特に「多角的視点を習得することができる」、「固定観念にとらわれなくなる」という2点についての効用を強く感じます。これはディベート観戦という行為が、多角的視点から物事を吟味した議論の応酬を追いかけることだからであると私は考えています。そうした「思考の仕方」に加えて、観戦した試合の論題についての多角的な意見・事実を得ることができます。これは試合中に肯定/否定両サイドから様々な研究・事実が引用されるためです。ある事柄についての多角的な意見・事実を1人で収集・吟味するということは膨大な時間がかかる困難なことであり、たとえ時間があったとしても、収集を行う時点でバイアスがかかってしまう可能性が高いです。ディベート観戦では、ごく短い時間かつバイアスのより少ない形で多角的な意見・事実に触れることができます。

 

 2)の点について。ディベート観戦をして以来、論題に関係するニュースや新聞の見出し(私の場合は難民)に「おや」と思うことが増えました。ディベートは現実に問題とされている事柄を論題として扱うので、観戦の後日常に戻った際にも「さぁどう考える?」と問かけてきます。私はまだ難民問題についての試合しか観戦していませんが、今後また別の論題の試合を観戦したならば、今回同様に興味関心が広がっていくように思います。また、広がった興味関心について考える際に観戦以前と比べて、1)の点で述べたような多角的視点で検討するようになったと思います。

 

 まとめると、ディベート観戦は思考の能力そのものをブラッシュアップしつつ、思考の対象の拡張も同時に促してくれる、と言えるように思います。

 

 

3、ディベート観戦への先入観

 

1)素人がスピーチを聞くだけで試合についていけるか心配だ。観戦するだけとはいっても、論題についての予習が必要なのではないか?

2)論題やディベーターの論理を理解する以前に、テクニカルタームが多くて試合についていけないのではないか?それに関連して、ジャッジの判定理由についても何を基準に判定しているかよくわからないのではないか?

 

 以上2点が、私がディベートを観戦する前に抱いていた先入観と不安です。この2点について、実際にディベート観戦をしてみてどう認識が変わったかをまずは述べたいと思います。

 

 まず1)の先入観については、確かに、観戦者に一定以上の能力を要求する所はありました。具体的には、聞き取りとそれをメモに落とす能力、試合で展開される論理に対する理解力、といった能力です。しかしこれ等については特殊な訓練が必要なほどの能力が要求されるというわけではなく、あくまで一般的な範囲で「それなり」にこなせるだけの力があれば、問題なく試合を楽しめるだろうと思います。

 また、論題に対する予習については必要がありませんでした。ディベートの試合は基本的に「試合の中で述べられたこと」のみを判定の対象にしますし、試合中に具体的な事例・事実が豊富に引用されるからです。当然、一般常識程度の知識は持ち合わせていなければ難しいかもしれませんが、試合を行うディベーターの方々の様に入念なリサーチが必要というわけではありません。むしろ、「試合の中で述べられたこと」のみから判断を下す、という点から、事前にあまり勉強しすぎない方が観戦する分にはヨリ楽しめる、という面もあるかもしれません。事前のリサーチをしないまま試合を観られる、というのは観戦者という立場でしか出来ないことですから。

 

 次、2)の先入観についてです。限られた時間内で議論を戦わせる、という競技の性質上、どうしても略称やテクニカルタームというのは必要になりますし多用される印象でした。一応事前にディベーターの方に教えていただく等して、語義を知っておいた方が観戦上ひっかりを少なくするのに有用なのは間違いありませんが、それの意味があいまいなままでも、それによって論点や理論そのものの理解が妨げられるようなことはありませんでしたので、そこまで神経質に気にしなくても良いかと思います。

 続いて、ジャッジの判定理由についてですが、こちらは先入観にあるような不安はもちろん、他のあらゆる不安は杞憂になりますので、特に構えることはないと思います。というのも、ジャッジの投票理由の説明は試合中のスピーチに比べてゆっくりしていますし、肯定/否定両チームの論理やどのような論点が投票を分けたか、を丁寧に整理しながら進んでいくからです。

 

 総じて、私が「ディベート観戦」について先入観として抱いていた「ハードルの高さ」は大半が杞憂であったように思います。実際、それなりの能力を求められたり、1試合観ただけでは難しいかな、と感じるところが全くないというわけではありませんでしたが、その難しさ込みで十分楽しめましたし、観戦を楽しむ為にちょっと初期投資としての苦労が必要だ、ということは、何もディベートに固有の事情ではないとおもいます。それなりの能力、といっても、少し早口な先生の講義を聴講できる、くらいのものかと思いますので、ディベート観戦のハードルは考えるほど高くはない、というのが私の感想です。

 

 以上、拙い文章ですが感想を述べさせていただきました。拙文がディベートの発展に何らかの形で寄与できれば幸いです。ありがとうございました。

 

 
 青山さん、寄稿ありがとうございました!
 ディベートを「観る」中でも、競技者が感じている魅力の一端を感じることができることが覗えます。特に、競技者のリサーチから導かれる常識を覆すような分析やある種良い意味で「現実離れ」した世界観は、観戦者のその後の生活にも新しい視点や気づきを与えてくれそうです。
 4月からの新年度も、CoDAは勿論様々なコミュニティで大会や対戦会が行われていきます。ディベート経験者で競技から離れている方から全く未経験の方まで、この機会にディベートの「観戦」に足を運んでみてはいかがでしょうか?

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  2018/03/25

PRESS #7 全日本大会 ヒーローインタビュー

 皆さんこんばんは!新年も1か月が過ぎようとしていますが、いかがお過ごしでしょうか。

 

 さて、やや時間が空きましたが、先月の第17回全日本大学ディベート選手権大会は無事盛況のうちに終えることができました。選手の皆さま、および関係各位の皆さま、誠にありがとうございました。

 

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 CoDA PRESSでは、2回にわたり全日本大会の振り返り企画を行っていきたいと考えております。今回は、「第17回全日本大学ディベート選手権大会 ヒーローインタビュー」と題して、優勝及びベストディベーター賞を受賞された創価大学チームの園山幸一さん、及び主に関西で活動され大学ディベート貢献賞を受賞された東井一平さんにお話を聞いてきました!

 

 

優勝・ベストディベーター賞 園山幸一さん

 

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――優勝、ベストディベーターおめでとうございます!

 

 僕が大会に出場し、ディベートをすることができるのは、多くの方のご尽力があってのことです。お世話になった方々、僕が関わらせていただいている全てのディベーターに感謝しております。そして、今回の結果は、チームを組んでくれた頼もしい後輩二人のおかげです。彼等とこういった経験を共有でき、心から嬉しく、誇りに思います。

 

――決勝戦では、他の論題ではあまり見られないような国家のリソース配分をめぐる議論も登場しました。「難民認定」という論題の難しさ、ないし楽しさなどにつき、感じたことがあれば教えてください。

 

 論題について調べる程に難民の置かれる状況の悲惨さを知り、早急な解決の必要がある問題と感じました。一方で、ある一人を難民として認定することそのものは、コストを除きほとんど弊害がありません。そのため、ディベートではしばしば、論題採択時のメリットとデメリットを主張し、その比較を行いますが、今回は、この枠組みにとらわれずにディベートをすることについて考える良い機会となりました。メリットやデメリットと称される議論が、論題を肯定するか否かに影響を与えるのは、かかる論点が、その行為をすべき、若しくは、すべきでない理由となり得るからであり、あくまで一手段でしかありません。単純に行動の影響を考えるだけでなく、日本で難民認定を行うという選択が本当に望ましいかを検証することは、重要な経験であると感じました。僕等が決勝で主張したアプローチも選択肢の一つに過ぎないという点が、この、難民認定の基準を大幅に緩和すべき、という論題の特色だと思います。

 

――大会に向けて、どのようにチームで準備をしてきたのかについて教えてください。

 

 8月にこの論題と出会ってから、否定側でどのような議論を展開するかがずっと悩みの種でした。練習試合に向け、チームメイトと話している中で、先程話題に上った、難民支援に対する国家のリソース配分の効率性を問うという着想に至り、そのようなテーマの文献を中心にリサーチを深めていきました。しかし、この難民受け入れ費用を資金拠出するという方針は、対抗政策として非常に抽象的であるため、中々議論を形にすることができませんでしたが、練習試合をすることで、ジャッジの方や他チームからアドバイスをいただき、また、僕等の中でも必要な論点を整理することができ、何とか戦えるものにすることができました。

 

――最後に、園山さんの思う「ディベートの魅力」をお聞かせください!

 

 ディベートは、1)確かな証拠と論理に基づき、2)思考過程を批判的に検討し、3)より良い結論を目指すもので、それぞれ重要な意義があると考えています。第一に、世に溢れる情報について、その正しさを吟味する能力を高めることができます。ディベートは、社会問題が論題となることも多く、適していると思います。第二に、肯定否定双方の立場で考えるため、批判的意見も、論理的に正しければ受け入れ、考えの欠点を自覚するという素養が磨かれます。第三に、意思決定のトレーニングになります。特にディベートは、通常の討論と異なり、限られた時間の中で必ず結論に至るものであるため、その時点での最適解を考える格好の訓練となります。

 そして、ディベートは努力した分だけ、自分に返ってきます。反対に、中途半端な姿勢では、得られるものは少ないです。だから、一度はディベートに携わっていても、自分で限界を決めてやめてしまえば、身についたものは簡単に離れていきます。

 僕は、これからもずっと、生涯現役で、ディベートに取り組み続けます。

 

 

大学ディベート貢献賞 東井一平さん

 

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――ディベート貢献賞、おめでとうございます!

 

 ありがとうございます。大会・練習会の運営を評価していただいたとのことで、大変名誉なことだと感じています。また関西練習会運営室を開始された先輩方やメンバーの活動が認められたように感じ、尚一層喜ばしいです。

 そしてこの活動を続けることが出来たのも、ジャッジ・スタッフの方々や会場提供していただいた各団体様、大会の後援していただいたCoDA様など、数多くの支援を頂いた御蔭です。この場を借りて御礼申し上げます。

 

――東井さんは、関西のディベート大会や練習会の運営に継続的に関わられています。そうした運営やコミュニティの維持の中で、意識されていることなどはありますか?

 

 選手のニーズに合った大会・練習会を開催することです。練習会は参加しやすい会場や日程の調整、大会はそれに加えて関西での大会参加といったことを考えていました。ただ目の前のニーズに終始し、中長期的な展望を描けていなかったと思います。そういった点も考慮出来れば、もっと良い運営が出来たかもしれません。

 

――全日本大会の特別企画でも、地方のジャッジ不足などに言及がありました。東井さんから見て、関東以外の地方でディベートを広めていく上での今後の課題はどういったものがありますか?

 

 いくつか存在するとは思うのですが、今回は「大会」に着目したいと思います。あくまで関西という一地方を見てきた中で、私自身の経験も一部含んだ中での指摘となりますが、お許しください。

 大会について考える前に、まず選手がディベートを続けている理由を探っていきます。理由は様々にありますが、私は大きく2つに分類出来ると考えています。「成長」と「楽しさ」です。ディベートを通じてロジカルシンキングやリサーチが上達します。試合でのスピーチやあれやこれや考えることは実に楽しいものです。その集大成としてCoDA全日本大会やJDA大会等が存在し、一般的には大会に向けて準備を進めていくことになります。では、地方チームが上記2つを大会において満たすことが出来るのか。

 前提として、地方チームは大会・練習会参加のために高い交通費・宿泊費等を支払うこととなります。そのため、目標となる大会にはそのコストに見合うだけの魅力が無ければいけません。では肝心の大会自体はどうか。多くの場合、地方の選手は人・情報などの面で不利になり、勝利を重ねることは難しいのが現状です。なかなか目に見える結果が出なくても成長したと心の底から思えるか、ディベートを楽しめるか、と言われると「応」と返すことは難しいのではないでしょうか。

 勿論、地方チームであっても経験や熱量で上位に食い込むことは可能です。ただそのためには相応の時間と正しい努力が必要となります。そこまでの熱量をサークルにかける(かけたい)人ばかりではないでしょうから、ディベートの長期的普及には程々に関わりたい人にとっての目的・目標が必要になると感じています。それは地方大会や即興大会、或いは普段のサークル活動なのかもしれません。

 

――最後に、東井さんの思う「ディベートの魅力」をお聞かせください!

 

 ディベート自体の魅力については様々な方が語っていらっしゃると思うので、変化球的魅力を挙げさせていただきます。それは「ロジカルな会話を楽しめる方に出会える点」です。

 日常生活において、私たちは常にロジカルな発言をする訳ではありません。社会的慣習に基づく発言を求められるケースもありますし、ロジカルに話したくないという人との関係では自粛せざるを得ないでしょう。さらに一般的に日本人はロジカルシンキングに慣れていないと言われます。日常の些細な会話においてもロジカルに、常識外の発想も気軽に、話せる。そういった会話を楽しめる方が私含めてディベーターには多いと感じます。とても良い、得難い経験になるのではないでしょうか。

 

 

 いかがでしたか?競技者、及び大会等のオーガナイザーとして一線で活躍されている大学生のお二人は、やはり広い視野で問題意識を持たれているようですね。

 たとえば、ディベートをするにあたり「人や情報」が重要になることが、お二人のお話から伺えました。園山さんが練習試合をよく活かして優勝を果たされたことは、東井さんが地方のディベートについて持たれている問題意識と繋がるものがあります。CoDAとしてもオンライン練習試合等のインフラを提供できるよう努力しているところですが、まだまだ他のアプローチも含め長期的に取り組んでいくべき課題であろうと考えています。

 

 改めて、インタビューにお答えいただいたお二方はありがとうございました!

 

 さて、次回は、全日本大会に観戦に来られたお客様に寄稿を頂き、「ディベート観戦」の持つ魅力に迫ってみたいと思います。本年もCoDAとCoDA PRESSをどうぞよろしくお願いいたします!

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  2018/01/27

PRESS #6 全日本大会「観戦のススメ」

 皆さんこんばんは。秋も深まり、ディベートの熱いシーズンとなってまいりました。

 さて、先日から広報している通り、全日本ディベート連盟は今年、第17回全日本大学ディベート選手権大会を開催いたします!

  http://www.coda.or.jp/news/archives/91

 2017年12月9日(土)、10日(日)の2日間、全国各地から集まった大学ディベーターがしのぎを削るこの大会。しかし、こんな疑問を抱いている方はいらっしゃいませんか?

「大学生のディベートって、どこを意識して聞けばいいの?」

「他のチームの試合を観に行ってみたけれど、何を学べばいいのだろう……?」

 

 自分の試合が無い時はとりあえず他の試合を聴きに行く、という選手の方や、見学に来られている高校生の方も最近は増えているように見受けられます。そこで今回は「大学ディベートの試合を観ることの楽しさ」「そこから何を学べばいいか」というテーマの記事をお送りします!

 

※今回の記事は、主にディベートのルールをご存知の方向けのものとなっております。

 「初めてディベートを観る」という方は、以下のページなどもご参照ください!

 http://www.coda.or.jp/static/debate

 

 

1、大学ディベートを観戦してみよう

 

 皆さんは、ディベートを「観戦」したことがありますか?

 「練習試合は一生懸命しても、他の人の試合まで観る気にはならない……」なんて方もいるかもしれません。しかし、実は一つの試合を通しで観戦してみることは、自分のスキルアップにも直結する良いトレーニングになります。以下、観戦することのメリットを2つほど挙げてみましょう。

 

1?? 色々な議論、価値観を学べる

 

 まず、色々なディベーターの議論やジャッジの講評を聞くことで、論題に対する色々なアプローチを知ることができます。

当たり前ですが、「自分が参加していない」試合では、肯定側・否定側ともに、自身と異なる考え方や視点を提示してくることがほとんどです。たとえば、「重要性」「深刻性」とよく呼ばれる哲学の部分は、こうした差異が見えやすい部分です。今回の全日本大会の論題「難民認定の基準の緩和」では、海外から日本にやって来た難民の利益と、日本に元から住む日本国民の利益の間で衝突が起こる可能性があるかもしれません。その際日本は、どのような基準で、どちらを優先すべきなのでしょうか?それはまさにディベーターの用意する「哲学」に委ねられる論点であり、一人ひとり異なる理由付けで自分のサイドを擁護しうるポイントです。

 

 自分と異なる考え方を学ぶことは、まず純粋に楽しいことです。またディベーターとしては、同じ論題において戦略の幅を広げられることは勿論、他の論題にもこうした経験を活かすことができます。ディベートの肯定側・否定側の対立軸の中では様々な価値の対立(難しい言葉を使うと、「自己決定権とパターナリズム」「功利主義と個人の権利」などが代表的です)が登場します。こうした考え方の枠組みそのものは、色々な論題に通底するものですから、自分が競技に参加していない論題でも「観戦」には大きな意義があるでしょう。

 

1?? スピーチを学べる

 

 これは?より分かりやすいかもしれません。色々なスタイルのディベーターのスピーチを聞くことで、有効な表現方法、効果的な議論の比較の仕方などを学ぶことができます。

 全日本大会でも、スピーチには点数(バロット)が付けられ、評価の基準の一つになります。特にハイレベルな試合を観戦してその技術を学ぶことは、「構成」や「表現」の点を伸ばすためにも有効なトレーニングとなるでしょう。特に、両チームの了承を取ったうえで試合を録音しておくと、後でスピーチを繰り返して聞いたりしてその技術を学ぶことができるようになり便利です。

 

 

2、観戦のコツ

 

 もちろん、普通にフローシートを取っていくだけでも、上記のように色々なことを学べます。しかし、観戦をもっと有意義なものにするためには少し「コツ」があります。ここではそれを2点ほど簡単に紹介します!

 

2?? ジャッジや選手になったつもりで試合を観てみよう

 

 「観戦」は、試合で自分を第三者の立場に置ける貴重な機会です。そのため、自分を選手やジャッジの立場に置いて、「自分だったら、どんなスピーチ/議論の評価をするかな」と考えるトレーニングを是非してみてください。

 

 自分が選手だったらどんなスピーチをするか、を考えると、いつも自分自身が選手だった時とは異なる視点がたくさん出てきます。たとえば、「言葉の定義や説明が曖昧なまま試合が進んでいないか」「矛盾する論点が出ていないか」など、自分が第三者の冷静な立場にいることで初めて検討できる点はたくさんあります。それをどう改善するかを考えることは、自分が試合をするにあたっても役に立つでしょう。

 

 また、ジャッジになったつもりで、論点の評価を頭の中でまとめる、という作業も有効です。自分をニュートラルな立場に置いてみると、普通に準備している時とはまた違った見え方がすることがあるのではないでしょうか。また、それを実際のジャッジの講評と見比べて、その共通点と相違点を洗い出してみるのも面白いかもしれません。

 その論題で試合をしていない場合も、ジャッジをすることはとても大切です。特に両チームの分析がぶつかっている所でどのように考えて決着をつけるか、といった作業は、他の論題に活かせることは勿論、現実の意思決定にも通じるトレーニングの一つとなるでしょう。

 

2?? 感想戦をしよう

 

 2??に続いて行うと有効なのは、「感想戦」です。ジャッジの講評の前後で、他の聴衆と、その試合をどう見たかについて話してみましょう。先程も述べたように、ディベート大会は異なる価値観や考え方を持つ人が集まって開催されています。そのため、「議論をどう評価したか」「自分だったらどうスピーチしたか」には、まさに十人十色の答えがあります。多くの人と感想を言い合うことで、自分の考えの特徴や「クセ」が見えてきたりすることもあったりします。

 

 またそのためにも、もし観戦を検討していたり、ディベートに関心を持ったお友達などがいらっしゃったら、是非お誘いあわせの上お越しください!ディベート大会では、スピーチが多くの人の目に触れるため、その試合を越えてコミュニティ全体で議論が深まっていく側面があります。一人でも多くの方のご参加をお待ちしております。

 

※ただし、熱中しすぎて選手や他の方々の迷惑にならないようご注意ください!特に、試合時間を超過して会場に残ったりしないようご配慮お願いいたします。

 

 

 如何だったでしょうか?

 今年の全日本大会では、2日目の決勝戦後に「ジャッジ」をテーマとした特別企画も行われます。大会を楽しみ尽くすためにも、選手の皆様は勿論、そうでない皆様も、是非色々な試合を観戦してみていただければ幸いです!

 

 また、本大会では、新設した「大学ディベート貢献賞」の表彰も行われます。この賞では、「感謝も、言葉に」のコピーのもと、大学ディベートの発展に寄与した大学生の方を表彰させていただきます。上記のような試合・観戦を通した議論の深まりも、それを支えてくださる方々あってのもの。是非その感謝のお気持ちを伝えるためにも、会場にお越しいただければ幸いに思います。

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  2017/12/04

PRESS #5 ディベート大会、前から見るか?裏から見るか?

 やや日にちが空きましたが、去る6月11日、当連盟主催の第19回全日本学生新人ディベート大会が無事終了いたしました。選手の皆さま、および関係各位の皆さまには大変お世話になりました。

 さて、「ディベート大会」と聞くと、恐らく多くの方が思い浮かべるのは、白熱した試合会場の様子ではないでしょうか。もちろんその熱い試合こそが大会の究極の目的ですが、実は大会の裏側でそれを支えている「運営」にも、様々なドラマが隠れています。本日のCoDA PRESSでは、実際に先日の新人ディベート大会において実行委員長を務めた久島さんに、運営という立場で大会を見る魅力やご自身の経験について寄稿を頂きました!

 

 

 こんにちは。6月に行われました、第19回全日本学生新人ディベート大会(いわゆる、大学の「新人戦」)の実行委員長を務めました、久島と申します。今回は、その経験について寄稿してくれないかとのことでオファーをいただきまして、僭越ながら筆を執ります。

 

 ディベートをしている大学生、あるいは中高生の大半が、ディベートには選手として関わることが多いかと思います。事実、私も昨年の第18回の新人戦で運営をやるまでは選手として大会に出る以外のことはありませんでした。運営って大変そう、面倒くさい……そう思う人もいるかもしれません。しかし、運営に携わって、殊に今回は実行委員長として大会全体を引っ張る立場で、見えてきたもの・得られたことは沢山あります。

 

【1 世界の拡がり】

 純粋に、新たに知ることが数多あります。まず受けたのは、「こんなに多くの人が、こんなに前から1つの大会のために動いているのか」という印象です。本大会では、1月の終わりごろに実行委員長の依頼が来て、大会当日の3か月前には初回のミーティングがありました。裏側でどんなことが行われているか知ることで、自分が普段参加しているディベート大会を見る目も変わってくると思います。たとえば、「大会の運営側を経験し、期日までに返信をいただけなかった方にリマインドのメールを送る手間を知ってから、自分が選手やジャッジ・当日スタッフとして依頼を受けたときには返信を早めにするようになった」なんて声も聴かれます。

 他に、共に大会を創ったメンバーと仲良くなり人脈が拡がることも、1つの価値ある成果だと思います。そんなこんなで、それまで知らなかったもの・人を知れるでしょう。

 

【2 個人の成長】

 そうした世界の拡がりは、何も感覚的な問題にとどまらず、成長を与えてくれると思います。今回の私を例に挙げましょう。

私は、中学の部活では副部長、高校では別段特に何もなく、大学でも弁論部内のディベート部門の責任者といった具合に、どちらかというと自らが積極的に動く仕事を主にしていました。中高の同期が「お、相変わらずの中間管理職、おつかれさま」と言うくらいに。ですから、今回の実行委員長は、私にとって「長」として全体を動かす初めての経験でした。

「長」は、自らが動くというより、全体のタスクを把握したうえで、誰に何を振るのかを判断する仕事です(もちろん自分でこなすタスクもありますが)。誰かに仕事を振れば、それを完遂させるのはその人の仕事です。私の尊敬する弁論部の部長の言葉を借りれば、究極的には私はその人が仕事を無事に全うしてくれることを「祈る」しかできません。とはいえ、成功率を上げるためには、各メンバーの仕事の持ち具合はどうか、体調はどうか、新歓や試験の期間などの忙しい時期と被っていないかまで把握したうえで判断する必要があります。そこで、「長」という仕事は、全体を俯瞰して動かすことが求められるけれども、実は誰よりも個々とのつながりが求められるものなのだ――そう気づけたことが、今回私が得た学びの中で最も大きかったように思います。

 こうしたマネジメントは、社会に出てから(あるいは所属する部やサークルの運営も然りでしょう)必要とされるスキルだと思います。しかし、一方で、それが学べる環境は限定的です。現行の学校教育では、遍く誰もが習得の機会を与えられているようにも見えません。そうした観点からも、実行委員(長)をやる意義は大きいでしょう。

 

【3 全体の成長】

 「与えられた仕事をただこなすのは退屈」…そんな声もあるかもしれません。というか、私もそれは嫌です。しかし、実際にはそんなことはありません。私たちに求められるのは、昨年と全く同じ大会を繰り返すのではなく、あくまで過去の蓄積を参考にして、新しい二つとない大会を創り上げることです。なぜ「二つとない」かって、全く同じメンツで同じ大会を運営することは少ないからです。

たとえば、今回の大会を見てみましょう。大会後の「振り返り講座」は、昨年の新人戦に出場した後に自ら参加してみて良かったため、今年はさらに大きな規模で行いたいと思ったある実行委員の声で動きました。また、「指導者紹介制度」は、指導してくれる人に恵まれないもののディベートをしたい人に向けて、ある実行委員2人が考案して今年から始まったものです。この他にも枚挙に暇がありませんし、こうした表立った企画以外にも、(私には原理はよくわからないのですが????)Googleフォームで届いたジャッジやスタッフの参加可否をExcelに自動で反映させるシステムをつくるなどしていました。大会はそうした、「あなたがいなければ、できなかった!」の集合でできています。あなたにしか織りなせない何かが確かに存在し、それが大会に新たな彩りを与えます。ですから、個人としての有効性感覚もある一方、大会全体ひいては議論空間全体としてもより良きものへと前進していくのであります。

 

「大会でこんな企画をやってみたい」というアイデアがある人。是非、運営をやってみてください。楽しみにしています。

反対に、「自分は選手として出場する余裕がないし、そんな人間が関わらない方がいい」と思っている方。違います。むしろ逆です。選手の目線では気づかない問題点にあなたなら気が付けるかもしれません。議論空間に触れ続けることは、あなたにとって糧となるでしょうし、そうした観点からの指摘は大会にとっても有益になり得ると思います。

「自分はこれまで『長』なんて仕事やってことなかったし…」と考えあぐねている方。私もそうでした。でも、「これまでやったことがないから」で止まっていてはそこで終わりです。本当に多くの人が支えてくれます。そうした支え合いで成り立っています。

 

繰り返しになりますが、大会は「あなたがいなければ、できなかった!」の集積です。各メンバーの持つ、それぞれのアイデア、問題意識、もっと言えば世界観……そうした色が、重なり合って混ざり合って、真っ白なキャンバスに新たな彩りを与えます(なぜ真っ白かって、それは今年開催された大会が来年も開かれる保証なんてどこにもないからです。事実、来年の新人大会の会場を抑えるのもかなりの困難が伴いました)。誰もができ、それでいて、あなたにしかできない、そんなものであるように思います。

 

次はあなたが、実行委員(長)の番です。あなたの世界を、見せてください。

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  2017/08/16

PRESS #4 大学からディベートを始めた皆さんへ

 5月もあとわずか、新人戦の季節も迫ってきました。新人ディベーターの皆さん、大会に向けた調整は順調ですか?

 本日のCoDA PRESSでは、新人戦に挑戦する学生の皆さんの中でも、特に「大学で初めてディベートに出会った人」に向けたメッセージをお送りします。自身も大学からディベートを始めた経歴を持つ当連盟理事の林より、上手くなるためのコツや試合に臨む時の心構えについてアドバイスをさせていただくので、是非読んで大会に備えてください!

 

 

 新人大会に参加される予定の皆さん、準備のほうはいかがでしょうか。皆さんが出場する新人大会には、大学からディベートを始めた「新人」以外にも、例年、中学・高校時代にディベートを経験した選手も多く大会に出場します。そのため、大学からディベートを始めたばかりの方にとっては、そのような中高でのディベート経験者(以下単に「経験者」といいます。)との実力の差に悩むこともあるでしょう。

 そこで、今回は、大学からディベートを始めた経歴の私から、近く迫った新人大会に向けて、主に大学からディベートを始めた方に向けて、経験者との差についてどう考えればよいかを述べたいと思います。

 

【1 実力の差があるのは当たり前】

 大学からディベートを始めた皆さんにとって、経験者は同じチームになれば心強い一方、対戦相手となると、議論の構成力やスピーチ力で歯が立たないといったことがあるでしょう。特に、中高時代にディベートをやっていて、その上、大学でもディベートを続けようと大会に出場するような経験者は、中高時代に大会で上位に入賞した経歴を持つなどの実力者も多いのが実態です。そのため、大学からディベートを始めた皆さんは、経験者が相手の試合でほとんど一方的に圧倒されて負けてしまい、その力の差を痛感することも多いでしょう。そして、残念なことですが、大学からディベートを始めた方が、新人大会で経験者の高い壁に跳ね返されて、その後ディベートをやめてしまうという方も少なからず存在します。

 しかしながら、長ければ6年間ディベートを続けていた経験者は、それだけ多くの時間を使って議論に接し、人前でスピーチをする経験を積み、また、競技としてのディベート特有のノウハウも身につけてきたため、高い実力を持っているのです。

 ディベートでのスピーチは、普段の会話で自分の意見を言うことのある種の延長線上にあるため、ディベートをはじめて少し経つと、練習を積めばすぐに経験者に追いつけると思いがちです。しかし、例えば、中高のサッカー部出身者に対して、大学からサッカーを始めた人が、(たとえ運動神経がすごく良くても)すぐに勝つことは難しく、ボールを操る技術に差があるでしょう。 

 このように、経験者とディベートを始めて数か月の皆さんとの間に実力の差があるのは言わば当たり前のことなのです。

 

【2 チームメイトも対戦相手も先生である】

 それでは、そのような実力の差があるとして、どうすればその差を埋められるのでしょうか。そのヒントは、対戦相手は「敵」ではなく「先生」でもあるということにあります。 

 どういうことかというと、試合では、対戦相手から自分たちの議論に対して多くの反論がされます。しかし、それは自分たちの議論の論理が繋がっていなかったり、わかりにくかったりする部分を指摘するものであり、視点を変えてみれば、自分たちの議論の弱いところを教えてくれているのです。

 試合の結果に一喜一憂することもディベートの醍醐味の一つですが、試合の後には、自分たちの主張が通らなかったと傲慢な態度をとったり、自分の実力が足りなかったことに過度に悲観的になったりせず、対戦相手から受けた反論の内容を一つ一つ検討すると、自分たちの議論がよりよくなるでしょう。それ以外にも、対戦相手のスピーチのよいところや上手い言い回しを積極的にマネする等、対戦相手から学ぶことはとても多いです。

 実際に、大学からディベートを始めた人の中でも、一つ一つの試合における対戦相手やジャッジからの指摘を真摯に受け止める姿勢を持っている選手が、短期間でディベートの実力を伸ばしているように感じます。

 

【3 大会のその先に】

 少し説教臭くなりましたが、以上述べたことをまとめると、是非大学からディベートを始めた皆さんには、新人大会(その準備期間を含む)で多くのことを学び、自分のディベートの実力や物事に対する考え方をレベルアップさせるきっかけとしてもらいたいです。

 そして、少し気が早いですが、皆さんがこの先ディベートを続けていったとき、同じように大学からディベートを始めた後輩に、皆さんの経験を伝えてください。皆さんの新人大会での健闘を期待しております。

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  2017/05/26